『きつねの嫁入り』の誕生
 広島の日山玉三さんは若い頃、日立野球部のマネージャーをしていました。
 
 野球部の勝利を願っていた日山さんは、土地の人の勧めで、法静寺の稲荷様に全国優勝の『願』をかけましたところ、それが見事にかない、以来機会のあるごと毎にお参りを欠かさなくなりました。
 
 ・・・時は流れ、戦後混乱の折、稲穂祭の再興を思いつき、木原六郎さん、見山タキさんや地元の有志を説き、思いきった発想とアイディアに資材を投じ、昭和25年(1950)秋に、いわば復活第1回の稲穂祭の催しのひとつとして『きつねの嫁入り』が誕生しました。
 
 以後、地元町内会や各団体もこの郷土色豊かな祭りに協賛し、現在に至っています。

 
 祭り当日の午後2時、大勢の参拝客が見守る中、神興や花神子、各町内からの山車や提灯櫓等に続いて、きつねの面をかぶった嫁入りの行列が勘場跡地を出発し、花岡駅までの旧街道をゆっくりと進みます。
 
 主役は白狐の新郎新婦で仲良く並んで人力車に揺られ、後ろに紋付袴姿の親族やお供が続きます。
 きつね夫婦を誰が演じるかは、毎年秘密とされているのが習わしで、不思議なことに新婦役になった娘さんは、良縁に恵まれると言う話しです。
 
 入日が西に傾く頃、御神幸の締め括りとして鳥居前の広場で『稲荷音頭』の輪踊りの後、正面の舞台で御祭神の故事にあやかり、厳かに三三九度の固めの盃が交わされ、めでたし、めでたしのうちに幕を閉じます。
  
 稲穂祭りは、豊作に感謝するほか、商売繁盛等種々の願い事にもご利益が多いといいます。 ぜひお越しください。